もうひとつの「け」

 前回、東北方言の「け」(召し上がれ、食べなさいの意)の話をした際、以下の様な例文を使いました。

<前回の例文>
 A:「かきく?」
 B:「く」
 A:「け」


<その標準語訳>
 A:「柿食べますか?」
 B:「食べます」
 A:「じゃあ、どうぞ召し上がれ」


 この例文ですが、別の意味の「け」を使って次のようにも書くことが出来るな、と後日気付きました。

<もうひとつの例文>
 A:「かきく?」
 B:「け」
 A:「け」


<その標準語訳>
 A:「柿食べますか?」
 B:「下さい」
 A:「じゃあ、どうぞ」


 Bの返事を「く」から「け」に替えるとこの様に意味が変わります。つまり、この場合の「け」は「呉れる」と言う意味のラ行下一段活用の動詞が「け・る」という東北方言の命令形となったものなのです。この方言の「け・る」は、「け、け、ける、ける、け、け」と変格活用します(東北地方南部などでは仮定形や命令形が「けれ」となることもあります)


 実は、この事を思い出したのは「け」の項を見直ししている時ではなく、「は」の項を見直ししている時でした。前回の記事で、「は」の項の説明の後に以下の様な補足を入れました。
 『あっと、、、この終助詞の「よ」ですが、同じ北奥羽方言でも津軽弁や南部弁では「わ」や「は」よりも「じゃ」が使われる方が多くなります。「わらわらままけじゃ」と言った言い方です』
 この「じゃ」の例文を入れた方が良いかなあ、等と考えている時、ふと、宮沢賢治の詩を思い出したからです。

 私は小学生の後半を盛岡で過ごしました。その時に小学校の国語の授業で、先生が宮沢賢治の詩集「春と修羅」に収録されている「永訣の朝」と言う詩を朗読してくれました。その先生の朗読はとても上手で、リフレインされる『あめゆじゆとてちてけんじや』という南部弁も我々が日常使っている言葉でしたので、とても心に残りました。涙ぐむ女子もいたほどでした。

 青空文庫にその詩がありましたので以下に全文引用します。

*「春と修羅」の初版本表紙
image_person04_01.jpg
永訣の朝


けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (*あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀(たうわん)
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(*Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (*うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
※(始め二重括弧、1-2-54)一九二二、一一、二七※(終わり二重括弧、1-2-55)
[#改ページ]』


 長文の引用で恐縮です。どうしても、このリフレインされる方言の切なさ、悲しさを感じ取って欲しかったからです。この心情は、この方言でしか表されないように思うのです。
 宮沢賢治には二つ年下の妹、トシが居ました。トシは子供のころから成績優秀で、後に東京の日本女子大学校家政学部予科に入学します。しかし、この日本女子大の卒業間際に結核を発病します。一時回復し、故郷に戻って花巻女学校教諭心得として英語を教えるまでになったのですが、その翌年に再発し、以後は病院で療養生活を送るようになり、大正11年11月27日に亡くなります。享年24歳でした。
 この時の嘆きと悲しみを詩にしたものがこの「永訣の朝」です。

 繰り返される(あめゆじゆとてちてけんじや)と言う言葉ですが、
 「あめゆじゅ」とは「雨雪」の訛りで、「霙(みぞれ)」を意味します。
 「とてちて」とは、「取って来て」の意味です。
 で、「け・ん」とは、先ほど書いた「呉れる」の方言「け」の命令形「け」と活用語尾「れ」が音便化した「ん」です。
 そして、「じゃ」は、終助詞「よ」の方言です。この場合は依頼の意味になります。
 従いまして、この一文の標準語訳は、
 「霙を取ってきて欲しいの」
と、言う意味になります。
 若い女性の、死を間近にしたいじらしい、ささやかなおねだりというか、、、モゾコイですね。


 湿っぽくなったので話を変えまして、、、
 この「け」ですが、単に物が欲しい時は「け」一文字で済まされることが多い(津軽方言や南部方言では特にそうで、東北南部では「けれ」になります)のですが、「~してください」と言う意味で使われる場合は、一般には「動詞+て(って)+け(けれ)」となります。例えば、「来てけれ」と言った具合です。
 しかし、仙台弁ではもう少し丁寧な言い方もありまして、「来てけさい」とも言います。仙台城下弁ではさらに丁寧に「来てけさいん」という言い方が普通ですね。
 で、これは私の子供の頃の話なのですが、、、
 我々子供たちが一銭店屋(駄菓子屋)に行って買い物をする時、店の人の姿が見えない時は、「けさいん!」と、大声で訪(おとな)いを入れていました。現代の標準語では「ごめんください」の意味になるでしょうね。直訳的には、東京町言葉の「くださいな」の方が近いのですが…
 ちなみにですが、「ごめんください」の東京町言葉は「ごめんくださいまし」と、なります。大人はもっぱらこちらを使っていました。





 今回は「召し上がれ」と言う意味の東北方言「け」とは別の「け」、「呉れ」の意味の「け」についての話がメインでした。しかし、この「け」はそれら以外の意味も持つことがあります。ついでですので、それについても書いてみます。

 先ずひとつ目は「来る」というカ行変格活用の動詞の命令形「来い」の東北方言の「け」です。手招きしながら「け」、「け、け」と、言われたことがありまして、大層面喰いました(笑)。
 ただしこれは、私は津軽方言でしか聞いたことが無く、南部弁では「こ」でした。「こっちゃこ」と言った具合ですね。仙台弁でも、ぞんざいに言うときは「こ」なのですが、ちょっと丁寧な言い方の時は「きさい」か「きさいん」を使います。ただ、仙台弁に限らず、東北方言の常で、「き」の発音は「chi」の発音に近くなり、「ちさいん」と聞こえます。



 もうひとつは、「毛」、つまり頭髪や獣毛の「け」です。これは東北方言でも同音、同義語になります。
 ただしですね、こと津軽地方ではこれは別の言葉で表されることもあるのですよ。比較的有名な話ですのでご存知の方も多いと思うのですが…
 津軽地方では、男子の頭髪(原義では特に短髪のみを指していたらしい)に限っては「じゃんぼ」と言います。以下に例文のひとつを挙げておきます。
 「かみゃのびたはんで じゃんぼかね えてこねばまえねぇ」
<標準語訳>
 「髪が伸びたので 頭髪を刈りに 行ってこなくてはなりません」

 まさかスワヒリ語が語源ではないのでしょうが、どうやって生まれた言葉なのか、さっぱり分かりません。男子の短髪に限って言っている事等から、「ザンギリ頭」等と同じ謂いで生まれた言葉なのかなぁ、とも想像しているのですが…




 最後に、
 生の津軽弁がどんなものなのか聞いてみたい、と思われた方がいらっしゃいましたら、うってつけの動画があります。以下にそのYouTubeへのリンクを貼っておきますのでご覧になってみてください。
 「津軽弁 雑談中のおばさま」
     ーうp主「まさお」氏

 標準語訳が字幕で付いていますので、画面右下の「日本語字幕機能」(笑)をオンにしてご覧ください。

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この記事へのコメント

2020年12月25日 23:32
こんばんは!
みなとは、永訣の朝を
半分くらい暗記していましたが
あめゆじゆとてきてけんじや・・と
今までおぼえていました

このフレーズを使って短歌らしきも書いたりして(笑)
はづかしいです。
(あめゆじゆとてちてけんじや)‥と言うトシのせつなさと
いじらしさで・・みなとも泣きそうになります。
それを長い間一字を間違えていて猶更、可哀そうです!

モゾコイですね・・は、そちらでは可哀そう!でしょうか?
こちらの、浜弁ですが もぞこいは、くすぐったい!こそばいなど
にも使います(笑)
2020年12月26日 09:00
みなとさん、おはようございます。

 大丈夫ですよ、私も「あめゆじゅとてきてけんじゃ」と、憶えていましたから(笑)。
 本文にも書きましたが、東北方言では「き」の発音は「ち」に近い音になります。そこから、賢治は「とてちて」と書いたのでしょうね。

 仙台弁の「モゾコイ」は、標準語の一言で置き換えるのが難しい言葉です。「悲しい」、「切ない」、「いじらしい」、「可愛い」、全てを含んだ言葉です。悲しい場面だけでなく、「愛おしい」と感じた時にも使い、初孫に対面したジジババも「モゾコイこだぁ」と叫びます。
 手を差し伸べてあげたい、何かしてあげたいと思うのだが、自分自身は何もする事が出来ない。そのはがゆさに身もだえをする。そのような感情の時に発する言葉です。私は、失いたくない方言だと思っています。