虫愛づる姫君(五)

   (五)「事の結末」





 右馬佐(うまのすけ)の君は、
 「見つかってしまったか」
 「でも、このまま帰ってしまうのも物足らないし、芸が無いなあ」
 「とりあえず、訪問の旨だけ残しておこう」
と、お考えになられ、懐紙を取り出され、草の汁を筆に含ませて、
 注:草の汁を墨汁代わりにして和歌を書かれたわけですが、これは姫の虫好きを意識しての風流です)
 原文「かは虫の毛ぶかきさまをみつるより とりもちてのみまもるべきかな」
 『毛虫の様子を見るよりも、毛虫の毛深さの様な奥深い心を持つあなたを引き取って末永くお世話をする方を選びたいのだが』
と、和歌一首を認(したた)められました。

 書き終わると手に持った扇をハタと打ち、男の童(おのわらわ)を呼び寄せられ、
 「これを姫君に」
と、男の童にお預けになられました。
 男の童はその文を侍女の大輔の君(たいふのきみ)の御前(おんまえ)まで持ってまいり、
 「あそこにお立ちの君がこれを”姫様の御前(ごぜん)に”と言っていたよ」
と、差し出しました。
 侍女の大輔の君はそれを聞き
 「あれまあ、それは大変です事。きっとそれは色好みとして名高い右馬佐の君の文でござりましょう。人が不愉快に思う虫でさえ和歌にして楽しまれてしまう、その御顔を拝見したいものだわ」
と、厭味ったらしい感想を述べたのですが、姫君は、
 「私のことを理解していただいているようなので、今はちっとも恥ずかしいことなど無くなったわ」 
 「あのお方を悪く言うものではありませんわ。人は夢幻のようなこの仮の世に漂い生きるもの。これが正しい、これが悪だ、なんて誰が決めつけることが出来ましょうや」
と、いつものように理屈っぽいことをおっしゃいますので、大輔の君もこれ以上言う甲斐も無く、他の若い侍女たちも各々顔を見合わせて、やっぱりね、と頷きあうのでした。

 右馬佐様たちはご返事があるものと思い、しばらくその場で待っておいでだったのですが、姫君の侍女たちは童たちをも部屋の内へと招き集め、
 「面倒くさいことになったわねぇ」
等と言い合っていて、一向に応対に来る様子がありません。
 でも、侍女の中にはご返事せぬのは不愛想で失礼では、と気づいた者もおりまして、知らぬふりではお気の毒と、
 原文「人に似ぬ心のうちはかは虫の 名をとひてこそいはまほしけれ」
 『常の人の心を持たぬ私ですので(虫好みの私なので) 毛虫の名を問うように、あなた様の御名を伺ってからお答えを申し上げたく存じます』
と、歌を送りました。
 すると右馬佐の君は、
 原文「かは虫に まぎるるまゆの毛の末にあたるばかりの人はなきかな」
 『毛虫のように毛深い眉毛の貴女(その様に思慮深い貴女)の様な姫君は他にはおりませんよ』
と、返し、笑いながら立ち去ったのでした。
 注:右馬佐も一応の礼は尽くしたのですが、やはりあきれ果てて帰った、というのが真実でしょうね。最後の和歌には嫌みの様なニュアンスが感じられます)



 原文では最後に、
 「ニの巻(まき)にあるべし」
と、あるのですが、「ニの巻」は現存していません。この物語はここで終わっています。意図的に続編があるように見せかけたものなのか、現実に散逸したものなのかは議論が分かれる所です。


       (了)





後書き:
 どうやら、なんとか最後までたどり着くことが出来ました。
 ただ読むだけの時は1時間足らずで読了したのですが、その現代語訳を書き出すとなると、思ったよりも時間がかかり、6日ほどの日数を費やしてしまいました。やはり、いかに普段は薄っぺらな読み方をしていたか、という所だと思います。
 この現代語訳で一番苦労したのは、この物語の作者の大胆な省略と、テンポの速い筋運びでした。1文の中で主語が変わったり、場面が変わったりすることがしょっちゅうでした。たぶん、逐語訳で順次書き連ねていったならば誤訳をしてしまい、迷路に嵌まり込んでしまったでしょう。意訳をすることによって、前後の繋がりの不自然さに気付けたこともしばしばでした。
 何度も読み返し、頭をひねりひねり書いた現代語訳なのですが、今、又読み返し見てみますと、原文の持つリズムや格調にはとても程遠いし、原文の文章に込められた感情の動きも表現しきれていないなあ、と落胆しています。
 皆様におかれましては、是非原文の方もお読みくださるよう、お勧め申し上げます。
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この記事へのコメント

2018年10月06日 21:42
お疲れさまでした。
人間はいつの世も不思議かつ同じなのかなあ。
改めて考えると,日本語っていまだに言文一致はしていないんじゃないかって思います。

2018年10月07日 08:29
ET先生、おはようございます。

 そうですね。人間は不思議です。だからこそ文学があり、芸術が有るのだと思います。

 『日本語っていまだに言文一致はしていないのでは』という先生のお考え、興味があります。是非一度ご披露いただきたいと思います。
2018年10月08日 00:00
こんばんは。言文一致については深い意味はありません。小説の会話文では、話すようには文字になっていないような気がします。特に、男女の会話では語尾がぎこちない。「ですわ」とか「じゃないかしら」とか。この台詞は女性が言っていることを表すためにこうなるのでしょうが、現実にはそう言わないと思うのです。
2018年10月08日 08:24
ET先生、おはようございます。

 なるほど、確かにそういう会話文も見かけますね。映像の無い小説と言う空間ですので、”女性の会話”という事を示すための”型”なのかもしれません。面白いご指摘だと思います。

 振り返って、今回書いた私の現代語訳をみてみると…、確かに姫君の会話はちょっと不自然かなあ…
 実は、今回のこの話、落語に翻案してみようかな、と言う野望もありまして、その時にはご指摘の点に留意してもっと自然な会話になる様に努力して見ます。
 ありがとうございました。

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