テーマ:名所案内

「定禅寺通」の「定禅寺」って何処?

 仙台を代表するようなケヤキ並木の「定禅寺通」。その名が「定禅寺」というお寺さんの名に因むものであることは、仙台人なら薄々でもご存知の事と思います。じゃあ、その「定禅寺」が何処にあったか、となると・・・ *現在の定禅寺通  先日(5/3)は「仙台ハーフマラソン」、今週末(5/19,20日)は仙台三大祭りの「仙台青…
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4/22の北山散歩で見つけた物(その1)

 「北山案内」シリーズの補追みたいなものなのですが、有名人の墓所をもう一か所見つけましたのでご紹介します。 *志賀潔の墓 *同説明板  輪王寺裏手の墓地に在ります。資福寺との境近くの小道を少し上った所です。 *志賀潔(しが きよし)略歴  ・明治3年12月18日(1871年2月7日) …
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昨日(4/22)北山を散歩して考えたこと

 昨日、4/22は天気が良くなることが分かっていましたので、野草園に行くつもりでいました。でも、寝坊してしまいまして…、結局近場の北山になってしまいました。  と、いうことで、今日は北山を散歩しながら思いついた話題をひとつ… *新緑に煙る「青葉山」と「太白山」  資福寺の山門前から撮った写真です。春霞で滲んだ色調に…
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北山案内(自然と四季編)

 私のブログでは、折に触れ四季折々の北山の植物や野鳥などをご紹介してきました。これからもそれは続けようと思いますが、良い機会ですので、ここではその”まとめ”的なものを書いてみようと思います。 *今年の「北山の桜」    4月10日、東昌寺参道脇の墓地にて 1):自然  北山は「北山丘陵」と呼ばれること…
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北山案内(散歩道編)その4

 北山への行き来には、必ずと言って良いほど「北山町通」や、青葉町の通りを通ります。仙台人はこれらの通りを「北山山下」、あるいは単に「山下」と呼んでいます。今回はその「北山山下」のちょっと面白い所についてのお話です。 その4:「北山山下」 *「北山町」通り  「通町公園」の少し西から西方向を写した写真…
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北山案内(名所・旧跡編)その6

 今回は、北山2丁目の「北山霊園」についてのお話です。 ④北山霊園  (こちら↑が「正門」で、   こちら↓が「東門」と言ったと思ったのですが…)  「北山霊園」は、戦後に出来た市営の墓地です。なので、”名所・旧跡”というものはほとんど無く、私もこの「北山案内」を書くために調べに行ったのが最初にな…
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北山案内(名所・旧跡編)その5<前編>

 今回は北山の墓地の話をしようと思います。  墓地・墓石を調査・研究対象とする方も結構いらっしゃいます。学術的な手法として行う方も勿論いらっしゃいますが、個人的な興味・趣味としてらっしゃる方もいます。私も、何度かそういう方々に道を尋ねられたことがあります。  その目的は様々なのでしょうが、例えば、故人の生涯を…
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北山案内(名所・旧跡編)その4

 今回は、北山2丁目の神社についてお話します。 *北山2丁目の「旧・根白石街道(ねのしろいしかいどう)」  この北山2丁目一帯を、いわゆる「北山」と思わない仙台人も多いです。それは、「北山」は北山五山がある地域、という意識が働くからでしょう。以下、お話します神社(下図C、D)は、北山五山の在る地域とは「古海道」に…
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北山案内(名所・旧跡編)その3

 前回の、「北山の神社」の続きです。今回は「青葉神社」について書きます。 *桜の頃の青葉神社境内  左手のRC(reinforced concrete/鉄筋コンクリート)造りの建物は「社務所」、中央の旗の辺りに在るのが「手水屋」、右手の銅板葺きの屋根の建物が「拝殿」です。 *北山付近地図    国土地理院1万…
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北山案内(名所・旧跡編)その2

 前回は北山のお寺さんについて書きましたが、今回は北山の神社について書いてみます。 *桜の頃の鹿島香取神社 *北山付近地図    国土地理院1万分の1地形図「仙台駅」、「青葉山」から部分コピー、加筆    注:)    青い線は車の通行が可能な道です。主な道路にだけ色付けしています。    朱色の…
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北山案内(名所・旧跡編)その1

 今回は北山の名所・旧跡の内、「北山五山」と輪王寺について書いてみようと思います。  藩祖政宗公を祀るきらびやかな霊廟の瑞鳳殿(ずいほうでん)等に比べれば「ほう~!」というところが無くて、「なあんだ…」と思われがちな北山ですが、それなりの歴史と由緒を持っていまして、仙台の歴史を訪ねられる方にとっては重要な場…
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北山案内(交通・アクセス編)の①

 シリーズ2回目の今日は「北山」への車でのアクセスについて書いてみようと思います。 *輪王寺第2駐車場 2:交通、アクセス  ①車でのアクセス  正直言いまして、車で「北山」へ行くことはあまりお勧めできません。  と、言いますのも、北山周辺は細い古い道が多く、不慣れですと大層…
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北山案内(概説編)

 私のブログではたびたび登場する「北山」なのですが、ちゃんとした説明をしていなかったなあ、と反省しまして、この際だからと、総合的な案内記事を書いてみようと思い立ちました。  概ね5~8回の連載に収める予定です。 1:概説  トップに「北山」全体が分かる写真を持ってきたくて、 *駅前のアエルの展望台から北山…
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晩翠草堂の住所は?

 昨日(12/4)、夕刊を読んでいましたら、例によって私の好奇心をくすぐる記事に出会ってしまいました。 *晩翠草堂(ばんすいそうどう)      2014年7月2日撮影  「晩翠草堂」とは、「荒城の月」の作詞で有名な土井晩翠(どいばんすい)が晩年まで暮らした家の事です。  (ちなみに、写真奥に写っている白い建物は…
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宮千代塚(宮千代伝説)

 先日、調べ物で「仙臺鹿の子」をめくっていましたら、「宮千代塚(みやちよづか)」についての記述が目につきました。懐かしいなあ、と… 1:序    ・「宮千代の碑」と「宮千代の墓」  「宮千代塚」は「宮千代の墓」とも呼ばれているのですが、「仙臺鹿の子」では『兒ケ墓』という項目で出ています。  私がまだ学生だ…
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北山の紅葉(その2)

 別の日、今度は輪王寺から裏山にかけて散策してきました。 *輪王寺山門( 仁王門/市有形文化財)  現在では「北山五山」に輪王寺を含めることも多くなりましたが、本来は寛文7年に北八番丁に移った「満勝寺」が輪王寺の代わりに北山五山のひとつでした。  ちなみに、輪王寺は曹洞宗ですが、本来の北山五山のお寺、「光明…
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北山の紅葉(その1)

 先日(11/12)、出がけにふと泉ヶ岳の方を見ましたら、船形山がうっすらと雪をかぶっていました。仙台に雪がちらつくのも、もう間もなくのようです。  北山もだいぶ紅葉で色付いてきましたので、久しぶりに散策をしてきました。少しだけですが、ご紹介したいと思います。 *うっすらと雪をかぶる船形連峰  中景の木々は…
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造酒屋敷遺跡

 先日(11/4)「榧森(かやのもり)造酒屋敷遺跡」の見学会に行ってきました。教えていただいた事の整理がまだ出来ていないのですが、簡単にご報告だけさせていただきます。 *「国史跡仙台城跡 造酒屋敷跡第5次・三の丸土塁第3次発掘調査 遺跡見学会」    仙台市教育委員会文化財課主催        平成29年11月…
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秋深まる榴岡公園

 先週末、今週末と、立て続けに榴岡公園に行く用事がありまして、ついでに秋深まる景色を写真にしてきました。いくつかそれらをご紹介しようと思います。 *榴ヶ岡公園の外周遊歩道  榴岡公園を一周できる舗装された遊歩道がございまして、一周500m位でしょうか、絶好のランニングコースになっています。近くの高校生や中学生…
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スピンオフ・「仙台城下の武術」

 少し前の事なのですが、『徳川の世のサムライってお役人化したんでしょうか。』と、いただいたコメントに対し、  『組織としては官僚化していったのは間違いないと思いますが、侍個人は必ずしも”お役人化”していったとは言えないかもしれません。仙台藩内でも武術は盛んでしたし・・・』と、お答えしたことがありました。  その時は準備不足という事も…
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スピンオフ・市制施行88周年記念の「辻標」

 長いことブログを中断していました。調子に乗って「仙台城下成立の歴史」などと言う壮大なテーマに立ち向かった所為です。ちょっとここらで一休みしてみようと思います。 *仙台市役所前の「辻標」(第1号)  私のブログでもたびたび登場しましたコレですが、『道標』とか『標柱』とか私は書いていましたが、正しくは「…
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東〇番丁最大の謎(その6)

 今回は伊達家臣団の中でも最も人数の多い「下級家臣」の町のお話です。彼らはどんなところに配置されたのでしょう。 *川内川前丁(かわうちかわまえちょう)(町/まち)  (お城近くの「下級家臣」の町です。  この町は町名の表記に揺らぎがあります。現在の街区名は「川内川前丁(かわうちかわまえちょう)」で、菊池勝之…
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東六番丁~東八番丁

 今回は東六番丁~東八番丁にまつわる話と、前回後回しにしました東三、四番丁の話です。 *ここが東六番丁通?  東六番丁は、明治20(1887)年に鉄道が敷かれたときにその大半が仙台駅構内になってしまい、ほとんど痕跡程度になってしまいました。  で、そこから次のような「?」が生まれています。 3)東…
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東二番丁~東五番丁

 前回の最後に、『次回から2回続きで…云々』と書いたのですが、また私の悪い癖で、どうせだからこの際「番丁」にかかわる話をまとめてしてしまおうか…、などという考えが頭をもたげてしまいました。  と、いうことで、前言を翻し、2回とは限らずに(ま、できるだけ簡潔に書こうとは思いますが…)、「番丁」に関する「?」な話を書き出してみようと思いま…
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東〇番丁、北〇番丁

 前回「一番町」のお話をしましたら、思いの他ご好評でしたので、もう少しこの辺のお話を続けてみようと思います。  で、今回は、仙台城下にある「東〇番丁」、「北〇番丁」の概略についての話です。  一般に、江戸時代の城下町では武家地の占める割合が大きいのですが、仙台城下はその中でも武家地が極めて多い城下町でした。町人地の4…
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一番町なの? 一番丁なの?

 ”町”なのか”丁”なのか、仙台に観光で訪れた方はそんなに悩まないのかもしれません。でも、仙台に1~2年住んで、仙台について少しは知り始めるとこれに悩むことになります。 *「一番町」、「東一番丁」  一番町二丁目のアーケド街「サンモール一番町」の看板と、「東二番丁小学校」の表札、そして定禅寺通りに建てられ…
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地元ネタですが…

 今やっている「木の実・草の実」のシリーズを1回休みまして、地元ネタを挟みたいと思います。なにせ、期日が迫っていますので。    農学部(東北大学雨宮キャンパス)がいよいよ移転します。 *東北大学農学部正門  11月から順次青葉山の新キャンパスへの移転が始まるようです。地元の人々、…
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太白山の謎(その7)

 そろそろ結論をまとめようと思うのですが、まだ疑問もいくつか残っています。 *茂庭台登山口から眺めた「太白山」  実は、この写真、頂上付近にUFO?が写っています。 <部分拡大>  私が中学生か高校生の頃、「太白山にはUFOの基地が有るんだってよ!」という都市伝説が流れていました。  ま、それよりも、「太白…
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太白山の謎(その2)

 前回は、国土地理院の旧版地形図で地名が替わっていないかの確認をし、少なくとも明治初期までは「太白山」だったことが分かりました。なので、今回は江戸時代の「国絵図」で地名がどうであるのかを見てみたいと思います。 *「奥州仙台領国絵図(正保図)」の仙台城下付近    ・同 全図  江戸幕府は、全国統一が完成すると直ぐの…
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太白山の謎(その1)

 手始めに、旧版の地形図を手に入れ、地名の変化を調べてみます。 *榴岡の第三合同庁舎  「旧版の地形図」とは、明治以降に測量、作成された古い地形図の事です。国土地理院(茨城県つくば市)に原本があり、データーベース化されて保存されています。現在、測量法第28条(測量成果の公開)に基づき、その謄本・抄本は一般人でも手…
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