テーマ:歴史

い~ちまい に~まい さんま~い・・・、の二枚目

 私もそうなのですが、「い~ちまい に~まい さ~んまい」と、皿を数える怪談話と言えば、「番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)」と言う言葉を真っ先に思い浮かべますよね。私が最初に知ったのはラジオで放送された講談の「番町皿屋敷」でした。翌朝井戸端で顔を洗うのが怖かったです。(昭和30年ごろまでは我が家に井戸がありました。もっとも、釣瓶井戸で…
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い~ちまい に~まい さんま~い・・・、の一枚目

 「お化け屋敷」は今でも随分な人気が在るようですね。今年はコロナ禍対応の新機軸の「お化け屋敷」が現れた、等と言うニュースも最近見ました。客が棺桶の中に入って、次々に現れるお化けの恐怖を身動きが出来ない棺桶の中でひたすらじっと耐える、という趣向でした。うまいこと考えましたねぇ。。。  最近はお化け屋敷の主役も、ぞろぞろ出現するゾンビにな…
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南町通はちとややこしい(4)

 他の城下町でもそうなのでしょうが、仙台でも開府以来何度かの都市改造が行われています。細かく見れば十数度になるのですが、大きな括りで見れば、①「若林城下建設」、②「明治維新」、③「鉄道敷設(明治20年)」、③「市電開設(大正末~昭和初期)」、④「戦災復興事業(昭和20年~36年)」、⑤「都市再開発」(平成12年~)」という事になろうかと…
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南町通はちとややこしい(3)

 前回は鉄道敷設と、それに伴って起きた仙台城下の変化、「南町通」の変化について書きました。江戸時代の「旧・南町通」が、鉄道線路が敷設されたことによって半分になった、と言うお話でしたね。  今回は、その次に「南町通」に起きた変化について書いてみます。例によって「仙台市電」に関連した話です。 *ph1:仙台市電開通記念の絵ハガキ…
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南町通はちとややこしい(2)

 前回、「南町通」の区間については複数の説がある、という事を申し上げました。そして、それは「南町通」がダイナミックな時代変遷を経てきた事にその理由がある、と書きました。今回を含めて3回ぐらいでその「南町通の時代変遷」について書いてみようと思います。 *ここも「南町通」?  ここは仙台駅東口の、「東口交番」…
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南町通はちとややこしい(1)

 仙台市街地の幹線道路の一つ「南町通」ですが、良く知られたその名でありながら結構曖昧なところや不思議なところが多い「通り」です。今回はこの「南町通」の”へ~”なことを書いてみます。全部で4回前後のシリーズになる予定です。 *ph1:ペデストリアンデッキから撮影した「南町通」 1):南町通はどこから…
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細横丁の不思議(4)

 今回のこのシリーズ、いつもの地名紹介にしてはずいぶんボリュームがあるんじゃないの、と思われたかもしれませんね。その通りで、これには理由があるのです。  二ヶ月ほど前の「仙台城下の町・丁名、通りの名の命名原則への疑問」という記事を憶えておられるでしょうか?  あれは、この「細横丁」の成り立ちを調べている時に湧きおこった疑問だったので…
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細横丁の不思議(3)

 以下の2項は最初の回に入れる予定だったのですが、思った以上の分量になりそうだったのと、説明用の写真が足らなかったので撮り直しに行ったりしまして、今回になってしまいました。なので、このシリーズは1回分増えて、全4回となります。 3):「晩翠通」の範囲について  「晩翠通」ですが、第1回目で述べましたように、こ…
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細横丁の不思議(2)

 「細横丁」の不思議をたどる旅ですが、第2回目の今日は、「何故細・横丁」なのか」という謎についてです。  私が市電に乗って仙台の街をほっつき歩き始めたのは中三頃からです。受験勉強の為に図書館や塾へ行く、という事を口実にしていました。ちゃんと図書館や塾にも行っていましたよ(笑)。  で、その時不思議に思ったものの一つがこの「細横丁」で…
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細横丁の不思議(1)

 仙台の市街地に、「細横丁(ほそよこちょう)」と呼んでいる幹線道路があります。中心部のやや西を南北に走る通りです。  今回のシリーズは、この「細横丁」にまつわるちょっと「へ~」な話と、私が常々疑問に思っていた事について話してみようと思います。全3回の予定でいます。 1):「細横丁」と「晩翠通(ばんすいどおり)」 …
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「関山越え」の話をちょっと

 またまたお名前を出して恐縮なのですが、私が度々お邪魔して色々お教えを頂いているリアルET先生のブログ、「リアルETの英語学習 高校入試&TOEIC」のトップページの写真が、最近「第二広瀬川橋梁(熊ヶ根鉄橋)」に替わりました。つい、懐かしくてコメントを差し上げたのですが、今日はそれに因みまして「関山越え」の話を少ししてみたいと思います。…
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仙台城下の町・丁名、通りの名の命名原則への疑問

 私も仙台城下の地名を調べ初めましてだいぶ長くなりましたが、最近になりまして、仙台城下の「小路」と「横丁」に関する私の今までの認識はどうも誤りではないか、と思うことが多くなってきました。いまさら何で、と言われそうなのですが…  私がこれまで認識していた「仙台城下の小路と横丁の命名の原則」は以下の様なものでした。 …
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仙台七坂、「まとめ」

 前回までの回で「仙台七坂」の七つの坂をひとつづつご紹介してきました。その中で、それぞれの坂が「仙台七坂」に採り上げられた理由の考察も試みてみたのですが、今回の「まとめ」では、それらの総括をしてみたいと思います。 1、私が何故「仙台七坂江戸時代成立説」を疑ったのか  私が「仙台七坂」というものの存在を知ったのは二十数…
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仙台七坂、⑦「茂市ヶ坂」

 今回は「仙台七坂」の最後の坂、「茂市ヶ坂(もいちがさか)」の話になります。  私の母などは今でも「茂市ヶ坂」の名を口に出すのですが、昭和40年以降に生まれた方ですと「茂市ヶ坂」の名すら知らない方が多数なのではないかと思います。  でも、今でもこの坂の名が書かれた市街図(私が普段使いしている昭文社の「でかじまっぷ 仙台」もそうで…
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仙台七坂、⑥「藤ヶ坂」

 「藤ヶ坂(ふじがさか)」は、何でこんな坂が「仙台七坂」に数え上げられているのだろう、と疑問になるような小さな坂、って言うか、階段(!)です。 *藤ヶ坂(坂下から) *藤ヶ坂(坂上から) 1)場所  市街地の西部、青葉区大手町に在ります。  戦後、「五橋通(いつつばしどおり)」は西へ延伸され、「道場小路…
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仙台七坂、⑤「新坂」

 「新坂(にいざか)」は私のブログでも、過去に何度か話題にしています。  昔ほどではありませんが、現在もよく使われる坂ですし、仙台人の間では良く名の知れた坂です。その意味では「仙台七坂」にふさわしい坂なのですが、私の仮説の論理を進めるにはちょっと厄介な坂でもあります。その辺の、”論理展開”がうまく行きますかどうか…  ま、とりあえず…
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仙台七坂、④「元貞坂」

 「元貞坂(げんていざか)」は、お歳を召した方でも知っている人は稀になりました。今はそこを通る人も限られます。 1)場所  この「元貞坂」周辺は、江戸時代初期~中期、明治~昭和初期、戦後~昭和30年代と、何度も再開発があった地域でして、「元貞坂」が何処を指して言っているのかを特定するのにだいぶ苦労しました。実を言…
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仙台七坂、③「大坂」

 「大坂(おおさか)」は、仙台人ならばほとんどの人が通った事のある坂でしょう。でも、その名を「大坂」だと知っている人は稀かもしれません。 1)場所  地下鉄東西線「大町西公園」駅の「西出口1」を出てすぐのところに在ります。その「西出口1」を出てすぐ正面に見える「西公園通」との交差点、「大町交差点」と「大橋」の東詰めを…
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仙台七坂、②「扇坂」

 「仙台七坂」の他の坂はいずれも仙台城下に在る坂なのですが、この「扇坂(おうぎざか)」だけは城中に在る坂です。その辺も、私に、「仙台七坂は江戸時代に成立したんじゃ無いんじゃない?」、と思わせる所以です。 1)場所  市営バスの「国際センター西」バス停の所に在ります。地下鉄ですと、東西線の「国際センター駅」が最寄り…
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仙台七坂、①「石名坂」

 この「石名坂」は、現在はその名がその所在地の街区名になっています。 1)場所  その、若林区石名坂に「満谷山 円福寺」という曹洞宗のお寺が在ります。 *満谷山円福寺山門  この円福寺は「仙臺三十三観世音」の第二十番札所になっていまして、その円福寺の門前を南北に通るなだらかな坂道が「石名坂」です。 *「…
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仙台七坂(序)

 もう二年以上昔の事になるのですが、『近いうちに「仙台七坂」の題名で一括ご紹介しようかと考えています』と、コメントに書いたのですが、ずううう・・・っと、ほったらかしになっていました。移り気なのは私の悪い癖です。すいません。  と、いうことで、次回からシリーズでひとつづつ「仙台七坂」をご紹介して行こうと思います。  その前に、…
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「七人の侍」は侍じゃ無い?

 初めに断っておきます。今回のお話は、なにも黒澤明監督の名作映画をディスろう、と言うつもりのものではありません。それどころか、私は黒澤映画を大いにリスペクトしています。大好きです。  実を言いますと、今回のお話は、前回まで続いたシリーズのスピンオフなのです。前回まで続いたシリーズの中で、私は何度か「侍」という用語を使いました。この…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(最終回)

 前回に続き、侍の俸禄の話の後編です。 *蔵米の受け取りの様子      「復元 江戸生活図鑑」柏書房より  幕府の御米蔵は、大川を挟んだ東西の両岸、二ヶ所にありました。西側を「浅草御蔵」、東岸のものを「本所御蔵」(裡俗:御竹蔵、現在の「蔵前」です)と言いました。  この絵は、その幕府御米蔵前での蔵米(御切米)の引き…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(7)

 このシリーズ最終回のテーマは、「旗本・御家人の俸禄」です。長い話になりますので二つに分け、今回はその前編とします。  江戸時代のお侍さんの生活の話をする時、よく言われるのは「侍は塩を米に換えたサラリーマン」という言葉です。確かに、侍の禄は、ほとんどの場合その単位はお米の量(石・俵)であり(仙台伊達家の貫高表記は例外に…
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夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(6)

 今回は旗本・御家人の住宅事情についてお話して見ようと思います。今回のキーワードは、「江戸時代の土地は皆公有地」です。  「夢酔独言」を通読して見ますと、勝小吉は5回居宅を変えているようです。「夢酔独言」からピックアップして、以下に並べてみます。   ①:父、男谷平蔵の、深川油堀の別宅に生まれる。     …
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(5)

 今回のキーワードは、「お侍さんはシンデレラ?」です。  「私の本棚から、「夢酔独言」」の回で、勝小吉が2回も出奔(家出)をした事をご紹介し、とんでもない事だ、という様な感想を書きました。事実、”主持ちの武士=侍”が主に無断で家を空ける、という事はとんでもない事で、それどころか、門限がある侍すらいたのです。  躾の厳しい…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(4)

 今日は勝小吉も属していた「小普請組」について書いてみようと思います。  今回のキーワードは、「小普請組」は幕府直参のハローワーク、です。  前回も書きましたように、「小普請組」は無役の旗本・御家人の内の家禄3千石以下の者たちが組み入れられる組織です。  家禄3千石以上の幕府直参はほぼすべてが旗本と言ってよ…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(3)

 「旗本」と「御家人」という言葉は誤用されやすい、という事で、前回はその説明を長々としてしまいました。今回は、その誤用の例を平凡社ライブラリー「夢酔独言 他」から拾ってみようと思います。 <strong>*旗本、大番士の出勤姿    「復刻 江戸生活図鑑」柏書房より  今回の記事でキーワードとなるのは、「旗本」とは…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(2)

 「旗本」とか、「御家人」とか言う言葉は武士の身分に関する呼称で、時代劇などでは良く耳にする言葉ですが、よく誤用される言葉でもあります。ま、その境界が入り組んでいることもあって、間違うのも無理は無いのですが…  事実、私もこのシリーズの冒頭回で誤記をしてしまいました(すでに訂正済みです)。今回は、その「旗本」、「御家人」という身分と、…
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「夢酔独言」から拾い上げる武士の生活(1)

 前回ご紹介いたしました「夢酔独言」ですが、幕末の貧乏旗本の生活が飾ることなく赤裸々に綴られています。丁度良い史料ですので、これを使って、断片的にはなりますが、江戸時代の武士の姿をあぶりだしてみようと思います。 1):「末期養子」  平凡社ライブラリー版「夢酔独言他」の27ページ、小吉七歳の項に以下のような文…
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