補足(3)

 前回の第二章の続きから話を始めます。武家屋敷地が明治に入ってどのような変化をしたか、と言うお話です。 2:大正時代の地番入り市街図に見る地割(前回の続き)  今度はこの絵に描かれた「湯目家屋敷」が在った「清水小路(しずこうじ)」から見てみようと思います。 *ph1:清水小路の「湯目家屋敷」  「清水小路…
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ブレークニュース・「イチョウの花の撮影に成功しました」

 ずいぶん長くかかりましたが、昨日、5シーズン目にしてようやく満足できるイチョウの雌花の写真が撮れました。ちょっと嬉しかったので、今日はそのご報告を・・・・  昨年の今頃、「今年もダメかなあ…」と言う記事を書いたことがありました。そこで書いた通り、私は数年前からケヤキとイチョウの花の写真を狙っていました。  で、…
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補足(2)

 前回の二点の史料で、江戸時代の地割が明治に入ってどのように変化したのか、という事の大まかな傾向が分かりました。やはり、計数的裏付けが得られたことは大きな意味を持ちます。  しかし、史料にあった数値は複数の地割の合算で、それによって求めた数値は平均でした。今一つ具体性に乏しいです。そこで今回は個別の地割の変化を見てみようと思います。 …
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補足(1)

 仙台が「杜の都」と呼ばれるようになった理由を探る今回のシリーズですが、第3回目は明治~昭和初期の時代を一気に飛ばして戦後の話をするつもりでした。で、そのつもりで史料調べをしていましたら、ちょっと興味深い史料を見つけました。これを見て見ぬふりするのももったいなく思いますので、今回はそれを「補足」と言う形でご紹介することにします。飛ばして…
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「杜の都仙台」って?(2)

 これ以降の回は、このシリーズのディープな話になります。重要な事柄は赤文字にしておきましたので、適宜読み飛ばしてくださってかまいません。  実は、何時、誰が仙台を「杜の都」と呼び始めたのか、という事に関してははっきりしていません。少なくとも江戸~明治時代にはそういった呼び方は無かったようです。初出と見られるのは大正…
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