お年取り

 「お年寄り」ではないですよ、「お年取り」です(笑)。
 先日、ブロ友さんへのコメントに「良いお歳取りを」と書きまして、「あっ、これは一般的な言葉ではなかったな」と、反省したついでに、今日はこの説明を書いてみようと思い立ちました。




 「お年取り」は「お歳取り」とも書くのですが、年の暮れの一連の行事の事です。狭い意味では大晦日や節分の夜に行う特定の行事の事を指して言うのですが、仙台では12月29日から大晦日までに行う歳神様との共食である「年越しの膳」の事、及び新年を迎えるための一連の行事の事の両方を意味しています。
 この言葉は、現在ではほぼ死語になっています。年齢の数え方が誕生日を基準とするようになり(満年齢)、年が変わると歳を一つ重ねる(数え年)という概念が失われてしまっているからです。
 ただ、仙台の場合、大晦日に「年取り魚」を食べるという風習がまだ一部にでも残っている為、私の様な年寄の間では「良いお歳取りを」と言う言葉が生きています。





 さて、それでは「年取り」の一連の行事とはどんなものでしょう。
 これは、住む地域によっても異なりますし、時代によっても違っています。さらに、同じ仙台圏内でも市街地と山村部、漁村部でも異なります。また、同じ域内でも家庭ごとにも異なっています。なので、私の家で行っていることを基準に置き、それを説明しながら仙台の町場で行われている「年取り」の行事を説明しようと思います。
 まず、我が家では12月26日か27日に大掃除(煤払い)をします。古くは12月13日(旧暦)が煤払いの日でしたが、最近は何処のご家庭でも概ねこの辺りの日取りで行っているのではないでしょうか。
 家の中がさっぱりしたら、「年取り物」と呼ばれる正月用品を買いに出かけます。我が家ではこれを12月26~28日に行います。
 仙台では、昭和初期ぐらいまでは12月25日から大晦日までの間、国分町に市が立ちました。道路の真ん中にずらっと仮り店が並びましたので、これを「中見世(なかみせ)」と呼びました。
 現在はそうした「中見世」も無くなりましたので、我が家では「仙台朝市」で「年取り物」を買いそろえます。仙台朝市ではこの時分、往時の「中見世」の賑わいの様になります。
*2013年12月28日の「仙台朝市」の様子
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 仙台朝市で買いそろえる「年取り物」ですが、概ね以下の様なものです。
  ・鏡餅と重ね餅
 父が存命の時は、床の間に三方を据えて鏡餅を飾り、仏壇や台所、玄関先に重ね餅を置いたのですが、現在はだいぶ省略して、仏壇に重ね餅を置くだけにしています。
  ・玉紙(たまがみ)
 宮城県以外の方ですと、この「玉紙」をご存じないと思います。仙台領内独自の風習だからです。
 「玉紙」は「魂紙」とも書きます。鏡餅や重ね餅の下に敷いて使うお飾りです。仏壇用と神棚用の二種類があります。仏壇以外、神棚や水廻り、玄関先には「神棚用」を使います。
*玉紙(仏壇用)
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*玉紙(神棚用)
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 (いずれも歴史民俗資料館の展示物です)
 (3枚目の写真は、三陸海岸沿いの郷土神「釜神様」に供えられた重ね餅と玉紙です)

  ・玄関飾りと輪通し、若松
 現在では、門松は企業や一部の商店だけになり、一般家庭ではいわゆる「玄関飾り」と称する、御飾を戸口に飾るだけとなっていますが、古くは、一般の家庭は一対の若松を戸口に飾っていました。雄松、雌松、一対の松は、奉書紙で包み、注連縄代わりに水引がかけられていました。現在もこれを行っている家庭もありますので、仙台朝市では若松も売っています。
 我が家では若松を戸口に飾る事が出来ませんので、仏壇の花瓶に活けています。
  ・「年取り魚」
 仙台の年取り魚としては「ナメタガレイ」(地方名、標準和名はババガレイ)が有名なのですが、それは最近の事(昭和4~50年代)でして、実際は他の魚も使われます。市内も含む仙台近郊ではマガレイか、いわゆる「閖上のカレイ」と称される、焼き枯らしのダルマガレイ等のカレイ類、石巻等の浜沿いではキンキ(キチジ)等になります。
*仙台朝市に売られていたナメタガレイとマガレイ
    2013年12月26日撮影

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*「年取り膳」の例
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12月歴史民俗資料館-12_07_2014-139 (1024x576).jpg12月歴史民俗資料館-12_07_2014-140 (576x1024).jpg
 (いずれも仙台市歴史民俗資料館の展示物です)
 「年取り魚」は、ほとんどの場合煮魚です。と、言いますのも、この年取りの膳の時は出来るだけ調理の手を省き、家族全員で膳を囲むようにしているためです。なので、多くの場合、年取り膳の料理は正月料理と共に28日~30日に作っておきます。
 我が家では、まだ安いうちにナメタガレイの切り身を買っておき、冷凍してあります。でも、今年は例年に比べるとだいぶ安かったですね。
  ・漉し餡
 これは元旦のお膳に使うものです。詳しくは後程述べます。
  ・雑煮の材料
 仙台の雑煮と言えば、焼きハゼの出汁で作った澄まし汁、と言われているのですが、焼きハゼの雑煮は仙台の商家を中心としたごく一部の家庭で食べられているもので、大多数の家庭では鶏肉を出汁とした澄まし仕立てで、我が家もそうです。
 ただ、具沢山という事に関しては共通しています。その材料は家庭によっても異なるのですが、概ね以下の様なものが使われます。
 ・鶏肉 ・焼いた切り餅 ・拍子木に切って一度凍らせた大根とニンジン(「ひきな」と呼ばれます) ・芋がら ・凍み豆腐(高野豆腐) ・ささがき牛蒡 ・仙台芹 ・ナルト蒲鉾、この他、地域や家庭によっては「生イクラ」や「なめこ」等が使われることもあります。また、塩釜や石巻の一部ではホヤを出汁に使うこともあります。
  ・御節の材料
 だいぶ前から我が家ではお重に詰める御節を作らなくなりました。歳を取り、胃袋が小さくなったという事もあるのですが、元々重箱詰めの御節というものは大勢の人々が暮らす”お屋敷”の風習でして、我が家の様な”庶民”にはだいぶ贅沢です。なので、我が家では煮しめと、黒豆とか伊達巻等、2~3品しか用意しません。おおよそ正月三ヶ日分です。ただ、正月三日は「三日とろろ」で、以降は普通の食事に戻ります。
*仙台の商家の元旦のお膳
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 お雑煮椀に焼きハゼが差し渡してありますが、これはこの家の主の分だけです。主人以外はほぐし身だけか、それすらも入っていないことがあります。予想以上に質素ですよね。
*仙台の豪農の家の元旦のお膳
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 商家のものと比べると、こちらは幾分豪華ですよね。でも、そのほとんどが縁起物です。農作業は多分に天頼みの所が在りますので、正月行事にはそうした縁起担ぎが行われるのです。

 と、ここで東北地方以外の方は「?」と思われたことがあるのではありませんか?
 以前、関西の方に我が家の正月膳を説明した際に、「我が家では餡子餅とお雑煮を一緒に食べます」と言ったところ、「???、それってお雑煮にも餅が入っていて、それと一緒に餡子餅も食べるってことですか?」と聞き返されたことがありました。
 はい、そうなんですよね。東北以外の方は驚かれると思うのですが、少なくとも福島から盛岡ぐらいまでの地域では、お正月膳のご飯の位置とお汁の位置の両方に餅料理が並びます。上の写真ではご飯の位置にきな粉餅、汁の位置にお雑煮でしたが、我が家ではご飯の位置に餡子餅、汁の位置にお雑煮です。ご飯の位置の餅料理はその家庭によって異なります。多いのは餡子餅ときな粉餅でしょうね。仙台朝市にもその両方の材料が売られています。胡桃餅も結構な家庭で食べられているようですね。こちらの材料も朝市に置いてありました。変わったところでは、鹿島台だったかその辺りの地方だけで見られる「飴餅」というのもあります。この材料は朝市には売っていなくて、その地方のスーパーに行かなくてはなりません(スタンディングパウチに入った飴汁が売られています)
*飴餅
  歴史民俗資料館の展示物
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 こうした「年取り物」の買い物は28日までに済ませるのが一般的です。正月飾りは28日までに行わなければならないからです。29日は「九」の付く最後の日で、「苦を待つ」とされ、縁起の悪い日に当たり、30日と31日は「一夜飾り」と言って、年神様に対して失礼にあたるとされたからです(旧暦では30日が月の最後であった)

 で、28日には男たちが正月飾りを行い、女性たちはこの日から30日にかけて「年越し膳」の料理と正月料理を作ります。
 
 昔は、「年越し膳」は大晦日の日中に食べるもので、大晦日の夜はもう、元旦となっていた(実際は日の出が新たな一日の始まりで、一日の終わりである日没から、新たな一日の始まりである日の出までの間は”余の時”=「よる」でした)のですが、現在は1月1日午前零時が大晦日と元旦の境となりましたので、ほとんどの家庭で大晦日の夜に「年越し膳」を食べるようになりました。

 と、いうことで、明日、大晦日の我が家の晩御飯はナメタガレイの煮つけの予定です。

 では、皆様良いお歳取りを、

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この記事へのコメント

2020年12月31日 09:14
おはようございます。
子どもの頃の年の瀬は父が縄を綯い,私が指定されたところに切った紙などを挟み込み,簡易の注連飾りを作ったものです。仙南ですが大みそかはやはりナメタガレイでした。大みそかは「年(歳)取り」と呼んでいました。
今朝雪かきをしました。今は太陽が出てきたのでとけてくれないかなあ。
今年もいろいろ教えていただきありがとうございました。
よいお年取りを!
2020年12月31日 09:51
ET先生、おはようございます。

 以前、歴史民俗資料館で「仙台の正月行事」の特集をした時、学芸員の方から七郷・六郷地区の正月行事のレクチャーを受けました。六郷・七郷地区でも縄を綯って注連縄を作るのはその屋の主の仕事でした。その注連縄は14日に外され、他の正月飾りと共に屋敷神の祠に納められ、その春の田起こしの時に田圃に鋤込むのだそうです。豊作祈願のおまじないですね。

 こちらこそ先生のブログでは沢山の事を教わりました。感謝する事ばかりです。
 年が改まりましても、変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。本年一年ありがとうございました。
2020年12月31日 17:56
こんばんは!
>大晦日の夜に「年越し膳」を食べるようになりました。

我が家もそうでしたが、みなとは嫁して神道(天理教)になりましたので
最初は、面食らいました、・・もう慣れましたが。
小さい事ですが、お供えには、蜜柑を載せないとか色々あります。

今年は、生まれて初めて一人のお年取りです(笑)
昨日 長男夫婦が来て神前のお参り序に 御節やら色々届けて戴いたり
次男の義父さんから甘煮が届き みなとは、お雑煮の用意だけです(笑)
明日は、次男家族孫が初詣の帰りに来ます、

今年は、本当にお世話になり有難う御座いました。
また来年も色々教えて下さいませね(._.)
2021年01月01日 09:25
みなとさん、明けましておめでとうございます。

 元旦の仙台は雪が降り続いています。新玉のお清めと思えばめでたくもあるのですが、、、元朝詣りにはちと辛いです。

 年越し・正月の行事は各家庭で独自のしきたりがあるようです。私は天理教の礼法を知らないのですが、きっと独自のものがあるのでしょうね。何時かお教えいただけると幸いです。
2021年01月01日 14:32
あけましておめでとうございます。
昔ながらの風習、大事にしたいですね。とは言え、一人住まいなので正月もお雑煮を食べるくらいで飾りも何もしなくなって仕舞いました。
こうして元気に生きていることだけでも感謝して今年一年を過ごそうと思います。
本年も宜しくお願い致します。
2021年01月02日 08:48
空蝉さん、
 明けましておめでとうございます。

 私の所も、もうだいぶ簡略化するようになっています。以前は小正月までの行事は一通り行っていたのですが…

 早くコロナが終息すると良いですね。空蝉さんの海外旅行記をいつも楽しく拝見しておりましたので。