ゾンビ語・「歯磨き粉」

 「ゾンビ語」は私の造語です。例えば「歯磨き粉」等がそれにあたります。「死語」が”昔は使われていたが、今はほとんど使われなくなった言葉”と言うのに対し、「ゾンビ語」は、”その言葉が表すものがその言葉が生まれた時の物とは変わっていて、すでにその言葉の意味が不適当となっているのだが、変わらずにそのまま使われている言葉”の意味で造語しました。





*先日買って来た「歯磨き粉」
画像

 ま、もっとも、最近は「歯磨き」、あるいは「ハミガキ」と書かれることが多くなっていて、「歯磨き粉」という言葉は会話での用例に限られるようですが…

 そもそも「歯磨き粉」という言葉は、”歯を磨き、口中の悪しき匂いを去り、歯の健康のために用いる薬剤”(以降煩雑を避けてこれを「歯磨剤(しまざい)」と書くことにします)が粉末の物しか無かった時に生まれたものです。「-粉」が当たり前だったのです。しかし、歯磨剤の意味で「はみがき」という言葉も同時に使っていました。”歯を磨く”と言う動作の「歯磨き」との区別が必要な時に「歯磨き粉」を使う、という程度の使い分けだったと思います。

 明治23年に日本初の練り歯磨き「福原衛生歯磨石鹸」が発売されます。「福原商店」は現在の資生堂の前身です。引き続き、明治29年にライオンが練り歯磨きの販売を始め、明治44年にチューブ入りの練り歯磨き「ライオン固練りチューブ入り歯磨」の販売開始となります。これが普及しだしますと、他の粉の歯磨剤との区別が必要となり、粉の物は「歯磨き粉」、チューブ入りの物は「練り歯磨き」あるは「練り歯磨き粉」と呼び分けがされます。しかし、終戦頃までは使用される歯磨剤は「歯磨き粉」が主流でして、当然のように呼び名も「歯磨き粉」が多数でした。
 昭和20年代、父が丸い平たい缶に入った粉の「歯磨き粉」を使っていたのをうっすら記憶しています。

 「練り歯磨き」がほとんどになり、「歯磨き粉」をほとんど使用しなくなるのは昭和40年前後の頃だと記憶しているのですが、この頃でもまだ「歯磨き粉」という呼び方が普通でした。「練り歯磨き」も「歯磨き粉」と呼ぶ事が多々あり、まさに「ゾンビ語」となっていました。子供時代の私はいつも不思議に思っていました。
   ・平成28(2016)年4月に製造終了となった
       歯磨き粉「タバコライオン」

画像

     (もちろん、粉末でした)
     (他に「ザクトライオン」とか、高校生の頃愛用していた悪ガキもいましたねww)


 平成10年ごろからでしょうか、この混乱を回避して「ハミガキ」という”統一語”(笑)が使われ始めます。私にしてみると、『結局江戸の昔に戻ったんじゃん』なのですが…






 せっかくですので、”歯磨き”の歴史を少し掘ってみようと思います。
 歯を磨くことの”歯磨き”の歴史はかなり深く、古代エジプトの新王朝時代のパピルスに詳しい記述が残っています。歯磨剤としては以下のような物を配合したようです。
  ・檳榔樹(びんろうじゅ)の実:タンニンが含まれていて歯を虫歯菌から守る
  ・緑粘土:研磨剤、粘結剤
  ・蜂蜜:粘結剤、甘味料
  ・火打石の粉:研磨剤
  ・緑青:細菌抑制効果、殺菌作用
 この配合から推測するに、これは「練り歯磨き」ですね。

 古代ローマ時代は人間の尿のアンモニアが歯を白くすると考えていたようで、歯磨き粉代わりに人間の尿で歯を磨いたそうです(うぇ!)。これは帝政ローマにも受け継がれ、ローマ帝国の占領やその文化の影響をうけたヨーロッパの各地でも行われるようになり、18世紀ごろまで続いたのだそうです。特に、中世の頃は”処女の尿”が効き目が良いと珍重された、と聞いています。
 他に、14世紀ごろのフランスでは蜂蜜と焼いた塩に酢を混ぜた物を歯磨剤として歯を磨き、白ワインにハッカや胡椒を入れたものでうがいをした、とか、コロンブスが新大陸発見をしてヨーロッパに煙草をもたらした後(16世紀)には煙草の灰を使って歯を磨くこと等も行われたようです。


 翻りまして我が国ですが、江戸期以前の事情は記録が少なくてまったく分かりません。歯を磨くこと自体は弥生時代から行われていた、と思えるのですが…
 少なくとも6世紀、中国(唐・隋)の、柳の小枝(枝先を噛んで房状にし、ブラシ代わりにする)に塩を付けて歯を磨く、という習慣が遣唐使や遣隋使によって日本にもたらされた、という話は伝わっています。
 一方、平安時代の医学書「医心方」や、鎌倉時代の仏教の説話集「沙石集」には歯の治療方や治療の記録が残っています。なんらかのオーラルケアの必要性は認識されていた筈です。きちんと処方された歯磨剤は存在しなかったかもしれないのですが、塩もしくは木灰等を付けた指、または柳の小枝で歯を磨く、というようなことは行われていた、と思われます。

 塩以外の歯磨剤としては炭や細かい砂等も古くから使われていたのですが、その始まりが何時であったかがはっきりしません。はっきりした歯磨剤、「歯磨き粉」の処方が分かるものは江戸時代の史料からになります。


 私の手元に江戸時代後期の歯磨き粉の引き札(江戸時代の広告)の史料があります。安政3(1856)年に編纂された「諸国板行帖」に収録されたものです。たぶん安政元年前後のものだと思います。
*「歯磨」の引き札
画像

 江戸本町三丁目北新道の「栄陽堂」という薬屋の引き札(広告)です。残念ながらこの歯磨き粉の商品名は文字が潰れていて、『●●●香』としか読み取れません。
 その下に書いてあるこれ、
画像

には、
『御薬 はみがき
 麝香 龍脳 丁子入り』

と、書かれています。「麝香(じゃこう)」、「龍脳(りゅうのう)」、「丁子(ちょうじ)」はいずれも香料です。

 扇子で顔を隠した男の挿絵がとても気になるのですが、
画像

この扇子には、
『つかつく
   ゆむ(ん)な』

と、書いてあるようです。現代とかな表記が違うので解読に苦しんだのですが、どうやら「近づいてくれるな」という意味のようです。口臭がひどいので近づいてほしくない、という意味だと思います。
 この後にも出てくるのですが、江戸っ子は口臭が及ぼす迷惑を大変気にしていました。当時でも江戸は人口密集地でしたし、人と人の距離が近い生活形態でしたので、そのようなエチケットが必要だったのですね。”江戸っ子の心意気”だったのかもしれません。

 この引き札の真ん中あたりに、この「歯磨き粉」の値段が書いてあります。
画像

 『真製方(しんせいほう)
   砂不入(すないらず)
と、頭書きがありまして、
 『やくしやあふむ入 小包 十二銅(文)
   極上品四ふくろ入 二十四銅(文)
 『やくしやあふむ』は不明です。「役者」なのか、「薬師屋」なのか、「会わん」なのか、「鸚鵡」なのか…、判読できませんでした。おそらく漢方の薬品名だとは思うのですが…
 江戸時代の貨幣価値を現代の貨幣価値と比較するのは困難を伴うのですが、文久年間(1861~1863年)の銭湯の”湯銭”が九文、天保の改革時の天保八(1837)年に出された『諸色引き下げ』のお触れで”二八蕎麦”が”三五(15文)蕎麦”になった、とありますので、その辺りから貨幣価値をご判断ください。
   <注:1文≒30円~50円ぐらいが妥当かと思います>

 ついでですので、向かって左側の”口上書き”も翻刻しておきます。
画像

 『きまりもんくのこうのうは(決まり文句の効能は)
  いはずとみなさまごぞんじゆへ(言わずと皆さまご存じ故)
  ざっとつまんで口上は(ざっとつまんで口上は)
  口中あしき匂ひをさりとはあたりまへ(口中悪しき匂いを去りとは当たり前)
  はを白くする事うしおにむかふ(歯を白くする事、潮に向かう)
    くろ鯛のごとく(黒鯛のごとく)
  ゆるぐはをすへることは(揺るぐ歯を据える事は)
    だい一かんじんかなめ名(第一、肝心要なり)
  一しやうぬけぬ請合にて(一生抜けぬ事請け合いにて)
   老年におよぶまでてつはう玉の(老年に及ぶまで鉄砲玉の)
   さぜんまめはまえに有から(座禅豆歯前に有りから)
     <注:「座禅豆」とは黒豆を煮たものです。座禅の時に尿意を抑えるために食しました。”たとえ鉄砲玉でも、座禅豆を噛むように容易く”、という例えでしょう>
   四文銭のはりはりにせんでもたいじない(四文銭の”はりはり”にせんでも大事無い)
     <注:『四文銭をはりはりにする』とは、”ジャラジャラと沢山用意する”、の意味かと思います>
  小とうわづか十二せんと二十四銅で(”小とう”僅か十二文と二十四文で)
     <注:『小とう』は「小投」の事で、”わずかな負担”と言う意味かと思います>
  お手に入ます。(お手に入ります。)




 さて、この様な「歯磨粉」が江戸の町ではどのような所で売っていたかですが…、
 主たるところは薬屋、薬種問屋です。有名所としては、芝の柴井町と本郷の「兼康(かねやす)」、上野広小路の「井口」等が川柳や狂歌などに見出されます。こういった”お店(たな)”の場合、自分好みの配合にすることも可能です。
 庶民は行商人から買う事の方が多かったかもしれません。江戸の町では様々な品目の行商人が商売していました。ほとんど町内を出ずに生活できたくらいです。
 その他、「楊子屋」にも「房楊子(昔の歯ブラシです)」と共に歯磨き粉も売っていました。
   ・楊枝屋
画像

 忘れられがちなのですが、風呂屋(銭湯)の二階でも歯磨き粉を売っていました。手ぬぐいや糠袋(昔の石鹸です)等も置いてありますので、ほとんど身ひとつで風呂屋に行くことが出来ました。(真偽のほどは曖昧なのですが、褌も置いてあったそうです)

 この様な所で売っていた歯磨き粉の配合なのですが、「房州砂」、「赤穂の塩」、「茄子の黒焼き」、「ナタマメの蒸し焼き」等を研磨剤、収斂剤として配合していたそうです。


 ちょっと蛇足なのですが、この「房楊子」、歯を磨く以外の使われ方もしています。
 先に「江戸っ子は口臭を大変気にしていた」と、書きましたが、その口臭の原因は舌の”コケ”にあると考えていました。なので、歯を磨くときに房楊子の柄で”舌のこけらおとし”をしていました。
   ・こけら落としをする女性の浮世絵(国芳画)
画像


 他には、”鉄漿(かね)つけ”、つまりお歯黒を歯に塗るのにもこの房楊子が使われています。
   ・歌川国貞の浮世絵「化粧三美人」
画像

   (『木々をみな 目に立田山 ひとしほに はを染て猶 いろまさりけり』と式亭三馬が狂歌を添えています)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 8

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ナイス

この記事へのコメント

2019年04月07日 09:03
力作お疲れ様です!
本当の歯磨き粉は最近はほとんど見かけませんね。死語と言えば「魔法瓶」もそうですね。
2019年04月07日 10:06
ET先生、おはようございます。
 
 聞くところでは、外国産の物で(粉の)「歯磨き粉」はまだあるとの事ですが、私もここ二十年ほどは「歯磨き粉」は見ていません。昔はタバコ屋さんにも記事中の「タバコライオン」が置いてあったのですが…

 「魔法瓶」という言葉もほとんど聞かれなくなりましたね。私も、勤めていた時にこの言葉を使って女子社員に笑われてからは使うのをやめてしまいました。今は「ジャー」か「ジャグ」を使っています。たまに気取って「テルモス」を使うかな(笑)。

 この「ゾンビ語」ですが、今、続編を準備しています。来週末辺りに出せるかと思います。
2020年02月19日 21:27
こんばんは!
ゾンビ語・「歯磨き粉」大変興味深く
読ませて頂きました(#^.^#)
歯磨き粉の口上書きからの解説まで
拍手しかありません。
全ての事に興味が有り次々調べるのですね~

旭川にいたころみなとは、水泳が得意で‥今でもですが(笑)
その仲間の一人が自分の尿を健康のために飲んでいると
聞き(うぇ!)でした。
それから数年して亡くなったので・・
やっぱり!効き目なんかなかったのだ!と彼女を
想い出しました。
2020年02月20日 08:39
みなとさん、おはようございます。

 はい、好奇心の固まりですので(笑)

 一時期、「飲尿健康法」なるものが取りざたされたことがありましたね。一部の人は試されたようですが、メジャーになる事は無かったと記憶しています。

この記事へのトラックバック