虫愛づる姫君(四)

   (四)「見つかってしまった覗き」





 姫君から離れて庭に立っていた男の童(おのわらわ)の一人が、右馬佐(うまのすけ)様達を見つけて、いぶかしく思ったのでしょう、
 「あそこの立蔀(たてじとみ)の傍らに居る人達、なんかあやしいよう、婢(はしため)の姿はしているけど、公卿様たちだよ、こっちを覗いていたよ」
と、騒ぎ立てました。

 姫君のお側には大輔の君(たいふのきみ)と言う侍女が侍(はべ)っておられたのですが、
 「あら大変、少し前には例の”蛇騒ぎ”があったばかり、それを聞きつけて見に来られたのかしら、姫様にお知らせしなくては」
と、思い、姫君の下へ駆けつけられました。

 姫君はまだ簾(すだれ)の外にいらっしゃいまして、男の童たちをたきつけながら毛虫を払い落とすのに夢中でした。さすがに大輔の君にはそれが恐ろしいので近くには寄れず、少し離れた所から、
 「姫様、内へお入りくださいまし、そこでは見え見えですよ」
と、呼びかけますと、姫君は毛虫を払い落としていることを咎められたのだと思ったのでしょう、
 「他人(ひと)に見られたって、ぜぇんぜん恥ずかしい事なんてないわよ、私」
と、おっしゃるではありませんか。
 いつものことながら困った姫君だと思いながらも、大輔の君は、
 「まあ、そんなことをおっしゃって、姫君は…」
 「姫様よく聞いてくださいまし、作り事を申し上げているとお思いですか」
 「あの立蔀の側に高貴なお方が身をやつしてこちらを伺っておられるのですよ」
 「お部屋の内へ入って、そこからお確かめくださいな」
と、申し上げたのですが、姫君は、
 「けらを(男の童のひとりのあだ名)、立蔀の近くにまで行って見ておいで」
と、お命じになられました。
 けらをは走って行き、帰ってきて、
 「本当に居たよ」
と、報告いたしましたので、それをお聞きになられた姫君は、あら大変、とばかりに先ほど払い落とした毛虫を袖に入れ、お部屋へと走り込まれました。

 十分に長い黒髪は袿(うちき)の丈ばかリもあり、豊かでありました。毛先を切り揃えておられませんでしたので、ふさやかには見えませんでしたが、そのお姿は整った美しさがおありでした。

 その様子をご覧になった右馬佐(うめのすけ)様は
 「この姫君ほどの器量が無い者でも世間一般の常識や物腰が有れば十分に持て囃されるのだが…」
 「この異常なふるまいは…、残念だ」
 「このようなおふるまいは世間からは好まれることは無いだろうが、姿は清楚で美しく高貴でさえある。あの虫好きという悪い癖さえ無ければ…」
 「ああ、もったいない。なんでこんな荒々しい男っぽいご性格になられたのだろう」
等と、お思いになられたのでした。






Note:「心(こころ)」を冠する熟語について
 今回の区切りも短かったので、古文の単語について少し書いてみます。
 今回、「まあ、そんなことをおっしゃって、姫君は…」と、訳した所ですが、原文ではあな心う、となっております。『あな』は、「あら」とか「ああ」と言う意味の感嘆詞で、これは”簡単”に訳せます(笑)。次の「心う」なのですが、これは「心+得」です。つまり、「心得た」、「納得した」、「理解した」の意味になります。
 今回のこの部分では、前後の文章から判断するに、「姫君が大輔の君が言ったことを、虫を落として集めるという荒っぽい”おいた”をたしなめるためについた嘘、方便と言う風に誤解した」と、大輔の君は「理解した」と言う意味になろうかと思います。それを踏まえて、私は「まあ、そんなことをおっしゃって、姫君は…」と、意訳いたしました。
 で、この「心」と言う単語ですが、現代語でもそうなのですが、古語でも幅広い意味があります。さらに、この「心」を冠した熟語となりますと、数えきれないほどになります。ちなみに、私が今回使った旺文社の学生用の古語辞書では4ページ分ありました。その中には現代語とは微妙な差異が有ったり、まるっきり異なる意味であったりするものもあります。見慣れた単語であっても、一度は辞書を確かめてみる必要がありそうです。
 「心」の現代語には無い意味=「おもむき、風情、情緒」、「あだしごころ・二心」、「わけ、意味、意義」、「物の中心」、「趣向、工夫」等々





<(五)につづく>

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック