虫愛づる姫君(三)

   (三)「女装した公家の覗き見」





 右馬寮(うめりょう)の次官、右馬佐(うめのすけ)の君(きみ)がこの文(ふみ)をご覧になられ、
 「随分と風変わりな文だなあ」
と、お思いになられまして、
 「この姫を一目見てみたいと思うのだが、どんな方法が良いだろう?」
と、お考えになられ、ご友人の近衛府(このえふ)の次官である中将の君と語らい、婢(はしため/身分の低い下働きの女、下女)に変装して、按察使(あぜち)の大納言のお屋敷の北面(きたおもて)の立蔀(たてじとみ)近くへ忍んでまいられました。

 (余計な注釈:
右馬佐が「風変わりな文」、原文では『いとめづらかに、さまことなる文かな』と思った理由なのですが、ひとつにはカタカナ書きであったこと、もうひとつは「575 77+7」の韻律であったことにあると思います。
 求愛の歌を贈られるような年頃の女性ですと、水茎の様な流麗なかな書きをマスターしているのが当時の常識でしたので、片仮名書きは”幼い”と言うよりも”男っぽい”と思われたはずです。もっぱら片仮名書きは男子が漢文訓読に用いるものでしたので。
 「575 77+7」の韻律ですが、私は勉強不足もありますが、この形式の和歌を見たことがありません。さらに、最後の7文字の『福地の園に』という、いかにも漢文めいた語はちょっと異質です)


 すると、男の童(おのわらわ)が何の変哲もない普通の草木の下に佇んでおりまして、
 「ここいらの木のあちこちに居る虫は、みんな面白そうだなあ」
などと話しております。
 そのうちに、
 「姫さまぁ、これ見てぇ!」
と、簾(すだれ)を捲り上げ、
 「ねぇ、ねぇ、姫様、すっごい面白い毛虫がいたよ」
と、簾の内に話しかけました。
 部屋の中からは、妙齢の姫君には似つかわしくない、はきはきした声で、
 「あら、そうなの、それは良いわね、じゃあこっちへ持って来て」
と、答えがあり、
 「部屋までは持って行けないなぁ、こっちへ来てよ」
と、男の童が答えます。
 間もなく女性のものとは思えない荒々しい足音が聞こえ、かの姫君がお出ましになられました。
 
 簾(すだれ)を押し開け、男の童が示す枝先を見る姫君は、頭にかぶった衣着(きぬぎ)から覗く御髪(みぐし)は黒々と清らかではありますが、身だしなみをあまり構わないせいで少し乱れ、色白の顔(かんばせ)には黒々とした眉がくっきりとしていたのですが、涼し気にも見えました。口元は可愛げで清楚なのですが、お歯黒を付けていませんので子供っぽく見え、色気がありません。
 「化粧をしたら随分な美人になるだろうに、もったい無いなぁ」
と、右馬佐の君は思われました。

 このように、ぞんざいな身なりの姫君でしたが、けっして不美人と言う訳ではありませんでした。質素な美しさと少年の様な生命感は世の姫君にはない魅力なのですが、男どもを遠ざけるような凛とした気高さ、男っぽさが、その美貌ゆえに惜しく思われました。
 この時の姫君のいでたちは、練色(ねりいろ/薄黄色がかった白)の綾織の袿(うちき/現在のブラウスのような役割)ひと重ねに、はたおりめ(キリギリス)の小袿(こうちぎ/アウターウェアー)ひと重ね、白い袴、この様にだいぶ地味な装いを好んで着ておられました。

  (余計な注釈:
 黄緑色のアウターに黄色味がかった白のインナー、そして白色の袴、このコーディネートはかなり”オバンくさい”です。四十過ぎの女性の装いでしょうか。世の若い姫君でしたら、もっと華やかで、季節に合わせた色合いの「襲/かさね」をします。袴の色も、若い女性でしたら深紅が当たり前です)


 姫君はその毛虫をもう少し間近で見ようと、庭にお出ましになられ、
 「まあ、これは良いわね」
 「虫さんたち、お日様にあぶられるのが辛かったら、もっとこっちへおいで」
と、虫たちに話しかけ、
 「童たち、虫たちをを一匹も逃がさないでここに落としてちょうだい」
と、今度は童たちに指示されましたので、童たちは木に付いた虫をすべて払い落としたのでした。
 姫君は、漢字の手習いを認(したた)めた男物の夏用の大きめの白扇(はくせん)を差し出(い)だし、
 「これに拾い集めて」
と、おっしゃいましたので、童たちはその白扇に虫たちを集めたのでした。


 覗き見をしていた公卿様達は、
 「えらい所へ来てしまった。ひどいことになったものだ」
と、思われ、”あきれ果てた姫君”との印象を持たれたのでした。






Note:
 今回は少し短い区切りでしたので、紙面にゆとりがあります。ちょっとした豆知識を書き加えておきます。
 本文で右馬佐が漏らした感想、「化粧をしたら随分な美人になるだろうに、もったい無いなぁ」なのですが、原文では化粧(けそう)したらば、清げにはありぬべし、心うくもあるかな』と書かれています。
 この「化粧」という漢字ですが、中世・近世では二通りの訓があります。ひとつは「けそう」、もうひとつは「けわい」です。この二つの訓はそれぞれニュアンスが異なり、この時代は使い分けがされていました。
 「けそう」は、今で言えば「メークアップ(メーキャップ)」で、顔に直接施す装いのことです。もうひとつの「けわい」は、現代で言えば「美容」や「おしゃれ」に近く、髪型や肌、服装を整え、美しく装う事を意味しています。
 今回この部分では「化粧」に「(けそう)」とルビがふってありましたので、「メークアップ」の意味で「の「化粧」と訳しました。




<(四)へつづく>

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