虫愛づる姫君(二)

   (二)「上達部の大御子からの求愛」





 姫君が飼っている虫たちは、使用人の男の子達に欲しがる物を与えて集めさせておりました。その男の童(おのわらわ)たちは、そのお駄賃欲しさに様々な恐ろし気な虫たちを集めて姫君の下に持ってまいりました。
 姫君は、
 「毛虫は、その毛の生え具合や色などは面白いと思うのだけど、遊ぶのにはちょっと向かないわよねぇ」
と言って、もっぱらカマキリやカタツムリなどを集めさせ、これを相手に男の童たちと歌ったり囃し立てたりして遊んでおりました。
 例えば、
 「かたつぶりのつのの、あらそうや、なぞ」(原文)
 『かぁたつむり かたつむり 小さなツノをふぅりふり ふぅりふり 戦うお相手はどなたさま どなたさま』
と、言った具合に姫様自らが歌い、囃し立てていたのです。

 姫君のお遊びのお相手の男の童たちは、常の名前で呼ぶのはつまらないという事で、虫の名をもじってあだ名にしておりました。例えば、「けらを」(オケラ/螻蛄)、「ひきまろ」(ヒキガエル/蝦蟇)、「いなかたち」(不詳、蜻蛉の仲間?)、「いなごまろ」(イナゴ)、「あまひこ」(ヤスデ)等です。



 やがてこの様なことが世間にも広く知れることとなりました。噂を聞いた人々は、もっぱら悪口を言うか姫君を敬遠する者が多かったのですが、とある上達部(かんだちめ)の御曹司は違いました。この姫君に興味を持たれたのです。この御曹司は、見目麗しい貴公子ですが気の強い性格でしたので、虫などは少しも怖くはありませんでした。
 この御曹司は姫君の噂話を聞いて、
 「いくらなんでも、これだったらかの姫君も怖がるだろう」
と考え、柄、模様も蛇のそれに似せて、さらに端は蛇の頭に似た風に作らせた帯を、これまた蛇のうろこ模様の懸袋(かけぶくろ/紐が付いて首から下げる袋?)に収めて、姫君の下へ贈り物として届けさせたのでした。
 この贈り物に添えた文(ふみ)には次のような和歌が認(したた)めてありました。
 「はうはうも 君があたりにしたがはむ 長き心のかぎりなき身は」(原文)
 『(この蛇のように)這うようにして貴女のお側に就き従いましょう (蛇の身体が長いように)永く変わらぬ心を持つ私ですから』

 御曹司からの贈り物を受け取った姫君は、殿方から贈り物を頂いたからと言って特に心を乱すわけでもなく、特に構えずに膝前に据え置いて、
 「この袋、なんか怪しいわね、変に重いわよ」
と、いぶかりながらも、何気なく袋の口を開けてみました。
 すると、なんと蛇が袋の口から鎌首をもたげたではありませんか!
 侍女たちは驚き、騒ぎ立てます。しかし、かの姫君は一向に驚いた風も見せず平然を装った顔で、
 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と、唱え、
 「我が親の生前(しょうぜん/生まれる前)のお姿なのでしょう、皆騒ぎ立てるでない」
 と、侍女たちをたしなめますが、我が身の震えは隠せません。
 「我が親の生前の罪は軽かったのでしょう。この様な艶めかしい美しい姿を見ると、御仏の結縁(けちえん/仏との結びつき)の深きを感じます。皆の者、怖れ騒ぐ事ではありませんよ」
と、つぶやき、お近くに引き寄せたのでした。
 でも、さすがに恐ろしくなってきたのでしょう。蝶のようにさっさとその場を離れ、先のようにおっしゃった声はまるで蝉のようにしわがれていました。
 その様子がいつもの姫君のふるまいらしからぬことでしたので、侍女たちも一緒になって逃げながらも笑ってしまいました。

 この騒ぎが父君の按察使大納言(あぜちのだいなごん)様の大殿(おとど/屋敷の一室)まで聞こえたのでしょう、
 「何が起きたのだ、騒々しいぞ。何か恐ろしい事でもあったのか。皆が逃げてくるのはどうしたことだ」
と、太刀をひっさげて駆けつけました。
 父君が姫君の部屋へ入って件(くだん)のものをよく見てみますと、それは蛇に良く似せた作り物でした。父君はそれを手に取り、
 「なんとまあ、うまいこと作ったものだわ…」
と、おっしゃり、
 「姫が利口ぶってこの様なものを好んでいると、世間の噂に聞いて贈って来たものだろう。こんなものは捨て去って、早々に断りの返歌を送ってやるがよい」
と、命ぜられ、お部屋にお戻りになられました。
 お側の者たちは蛇が作り物だと聞いて、
 「とんでもないことをするお人ですねぇ」
と、言い、憎み、
 「こんなことをするお人ですから、きちんとしたお断りの返事をしなければ後が厄介でしょう」
と、姫にきっぱりお断りの返事をするように助言したのでした。

 常の女性が文(ふみ)に使う料紙は、女性らしい柔らかで滑らかな紙なのですが、わざとごわごわした硬い料紙を用意し、まだ仮名は上手に書けるまでになっていらっしゃいませんでしたので、片仮名書きで、
 「契りあらばよき極楽にゆきあはむ まつわれにくし虫の姿は福地の園に」(原文)
 『ご縁がございましたら来世では極楽でお会いいたしましょう そんな虫(蛇)の姿ではお側にはいられませんわ この虫(蛇)はしかるべきところに返しておきますね』
と、返歌したのでした。

 (余計な注釈なのですがこの返歌について:
 「蛇」の古語は「くちなわ」と言います。前段ではもっぱら「くちなわ」と書かれているのですが、この返歌では蛇の意味で「虫」と書かれています。当時は蛇も、手足が無いことから獣の仲間でなく虫の仲間、と見られていたので「虫」の語を使うのも間違いではありませんが、意図的に使われたような気がします。また、「福地の園」は具体的な場所ではないようです。”幸せな場所”とか”安住の地”とか言った意味なのでしょう。深読みなのですが、福地=服地=贈られた帯の事、虫=無視の掛詞ともとれます。)






<(三)へつづく>

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い

この記事へのコメント

みなと
2020年01月10日 17:16
みなとの習った古文書は、主に昔のくずし字で書かれた 古文書を
詠み説く学習で 例えば

>契りあらばよき極楽にゆきあはむ まつわれにくし虫の姿は福地の園に

でしたら、一字一句を崩し辞書で調べ 読み解く勉強でした。
主に蝦夷に関するもの、アイヌと鰊漁の事柄、松浦武四郎 唐太日記・北蝦夷餘誌が多かったです。
2020年01月11日 08:50
みなとさん、おはようございます。

 なるほど、色々な文書を勉強なされたのですね。松浦武四郎の著作など、話には聞いたことがあるのですが、私が目にした事のないものばかりです。
 私の場合、古文書(崩し字)の解読は独学です。5冊ほど参考書を使っているのですが、その内の一冊は大叔母から母を通じて私の手元に来た昭和初期の手習い本です(笑)。昔の女学校の教科書でした。

この記事へのトラックバック